acute retinal necrosis syndrome を世界で最初に報告(1971年) された東北大学 浦山 晃 先生は 仮に「桐沢型ブドウ膜炎」と名づけました。
エントリー「Acute retinal necrosis 桐沢型ブドウ膜炎」をご参照下さい:
http://www.qqiac.com/archives/000120.html
残念ながら、当時は眼内のウイルス抗原を証明する有力な検査法がなかったため、本疾患は原因不明のものとされました。また、権威ある英語医学専門雑誌に本論文を投稿されなかったこと、外国人には理解困難な病名であったり (病名として人名を付ける際に、論文の筆頭著者であるご本人や共著者ではなく、上司である当時の眼科講座の教授名を採用されました)、 その後の眼科研究者の一部が病名・論文タイトルとして ARNS の方だけを引用したり、日本の学者でも"浦山論文"を自らの論文の中で強くアピールしなかったため、一時期、本論文の価値や独創性を知る眼科医は国内でも少くなったことがありました。
"浦山論文"の考案には「おそらくこのような型のブドウ膜炎を経験された方はほかにもあるだろう。特にこの軽症型、頓挫型、両眼型と見なすべきものがあれば、われわれの考えはある程度変更を余儀なくさえれるかも知れないので、各位のご教示をお願いしたい。」と記載されています。また、特別講演論文「葡萄膜炎の臨床」の中で自験例を桐沢型ぶどう膜炎として報告するに至った経緯が述べられています。
いまから25年前の昭和34年(1959), 当時東北大学に勤務しておった私は, 24歳美容師の左眼に急激に起こった葡萄膜炎で, それまで経験したことのない症状経過を示した1例に遭遇した. これを最初の契機としてその後、同様なる症例が折にふれて積み重ねられ, 10年間に計6例となった. 文献上, この種の眼病変そのままに慨当する記載が発見されなかったので、昭和46年(1971) 「網膜動脈周囲炎と網膜剥離を伴う特異な片眼性急性ブドウ膜炎について」という表題で「臨床眼科 25巻 3号 桐沢長徳教授退官記念論文集 607~619頁」に浦山晃, 山田酉之以下共同研究者の連名で発表した. その際とりあえず「桐沢型葡萄膜炎」という仮称を与えて報告したのが本病の展開の発端である。
日本眼科学会雑誌. 1984 Jan;88(1):22-51.
Clinical aspect of uveitis
Urayama A, Sakuragi S, Sakai F, Koseki T, Tanaka Y, Yamaki K, Nakayama R, Hirano Y, Sakuraba H, Takahashi H, et al.
その後、外国において acute retinal necrosis syndrome の患者眼内から、水痘帯状ペルペスウイルスが初めて検出されました。さらに、単純ヘルペスウイルスによる本症候群を国内の眼科医が証明し、その後も続々と新知見・治療法が発表されました。
以下に、まれな本疾患の疾患背景を理解する上で、重要な最近の論文をいくつか引用、抄訳いたします。
以下は 単純ヘルペスウイルス 2型 HSV-2 による ARN 症候群に関する3か国の報告論文です。
【日本】
"単純ヘルペスウイルスによる acute retinal necrosis syndrome において、日本では 単純ヘルペスウイルス 2型が多い"
Am J Ophthalmol. 2000 Mar;129(3):404-5.
High prevalence of herpes simplex virus type 2 in acute retinal necrosis syndrome associated with herpes simplex virus in Japan.
Itoh N, Matsumura N, Ogi A, Nishide T, Imai Y, Kanai H, Ohno S.
acute retinal necrosis syndrome (訳者注: 以下の邦訳文では acute retinal necrosis 症候群と一部を日本語でも表示しました)は、1971年日本人眼科医らによって最初に眼科学の分野に記載された 視覚に著しい障害を残す devastating 症候群です。本症候群は単純ヘルペスウイルス(訳者注:単純疱疹ウイルス HSV と表示します) と水痘帯状ペルペスウイルス(訳者注: 水痘帯状疱疹ウイルス VZV と表示します) によって起こされることが証明されました。
米国ぶどう膜炎学会 American Uveitis Society 基準に該当する acute retinal necrosis 症候群 16 症例は、1993年から1999年にかけて横浜市立大学病院にて入院治療を行った。
16症例中 7例の前房水ないし硝子体からPCR法によって HSV 2型 のDNAが検出されたが、HSV 1型, VZV, Epstein-barr ウイルス(訳者注: EBVと略します), サイトメガロウイルス(訳者注: CMVと略します)については陰性であった。HSV-2 DNA陽性の症例は全例、女性で、平均年齢 36才 ( 14才から 52才)であった。逆に、VZV DNA は同様の検体・方法により、残りの 9症例から検出されたが、HSV 1型, HSV 2型, EBV , CMV については陰性であった。VZV DNA陽性の症例は女性 4例、男性 5例、平均年齢 60才 ( 50才から 68才)であった。HSV-2が真の原因ウイルスであることを確定診断するために、最近開発されたグリコプロテイン G を使用する型特異的抗体検出法 ( Gull Laboratories, Salt Lake City Utah) を用い、患者血清を調べた。
これらの感染が初感染であるか、再発であるか、抗 HSV 抗体のサブクラス(訳者注: IgM は初感染時, IgG は再発・再活性化時に上昇します)についても検査した。VZV DNA陽性の ARN 症候群患者は全例、抗 HSV-2 抗体が陰性であったが、HSV-2 DNA陽性の ARN 症候群患者は抗 HSV-2 抗体が陽性となり、抗 HSV-1 抗体陰性であった (Table 表 1)。抗 HSV 抗体陽性の ARN 症候群 14症例の血清HSV 抗のサブクラスは、IgG であった。
ほとんどの性器ヘルペスが男女ともにHSV 2型で起こる米国に比べて、日本ではHSV 2型による女性の性器ヘルペス有病率は 低い (34.5%) 。女性における HSV 2型 の血清陽性率も、米国 (27.8%) に対して 日本 (7.0%) であり、著しく低頻度である。HSV 2型感染症有病率が低いのは、日本国内の女性には抗 HSV-2 抗体陽性者が少ないからである。この疫学的背景から、日本では HSV 2型は単純疱疹ウイルスに関連した acute retinal necrosis syndrome の真の原因ウイルスと考えられる。
日本国内の女性にみられるヘルペス感染症ではHSV 2型が少ないのであるが、今回の著者らの研究により acute retinal necrosis 症候群では HSV 2型 の有病率が高いことが血清学的に証明された。HSV 2型患者全症例が、抗 HSV 1型 抗体を保有していない患者であり、HSV 2型は初感染のタイプではないが初めての感染症症状である。一方、日本では患者と同年代の女性の HSV 1型抗体陽性率は高い(60%-70%)。HSV 1型抗体を保有することにより、通常、HSV 2型感染症の重篤な発症を予防することが知られている。HSV 1型の初感染歴がない患者の眼部に HSV 2型が再発することは、acute retinal necrosis syndrome の臨床所見に関与する可能性がある。
日本と米国とのHSV 2型の病因性の違いやいろいろな集団におけるHSV 2型の宿主の感受性の違いについて、さらに遺伝子・生物学的研究を行うと、日本でacute retinal necrosis 症候群にHSV 2型が多い理由がわかり、本症候群のメカニズムが解明されることになるであろう。
TABLE 1. Prevalence of Herpes Simplex Virus Type-Specific Antibodies and Subclass of Nontype-Specific Antibodies
単純疱疹ウイルスの型特異的抗体および非特異的抗体サブクラスの頻度
[訳者注: 引用論文の表 1 に使用されている用語を訳し、患者眼内の房水または硝子体液の検査(PCR法)にてウイルスDNAが検出されたHSV 2型 と VZV を分けて表示しました]
単純疱疹ウイルス 2型 HSV-2 によるARN 症候群 7例
型特異的血清抗体 HSV-1 IgG 0 HSV-2 IgG 7 非特異的血清抗体 IgG 7 IgM 0
水痘帯状疱疹ウイルス VZV によるARNS 症候群 9例
型特異的血清抗体 HSV-1 IgG 7 HSV-2 IgG 0 非特異的血清抗体 IgG 7 IgM 0
【米国】
若年患者 acute acute retinal necrosis syndrome の原因としてのHSV 2型
Ophthalmology. 2001 May;108(5):869-76.
Herpes simplex virus type 2 as a cause of acute retinal necrosis syndrome in young patients.
Van Gelder RN, Willig JL, Holland GN, Kaplan HJ.
Department of Ophthalmology and Visual Sciences, Washington University Medical School, St. Louis, Missouri.
(要旨の要点)
ARN 症候群 10症例 を対象として原因ウイルスを調査したところ、HSV 2型は若年患者で最も多い原因ウイルスであり (平均年齢 21.2才, 標準偏差 10才, 範囲 17-39才)、一方、高年齢者では VZV がより一般的である (平均年齢 40.8才, 標準偏差 12.2才, 範囲 29-58才). 両者間には有意差があった (P= 0.033).
VZV は ARN 症候群の最も多い原因ではあるが、HSV 2型 HSV-2 は、特に若年患者においては重要な原因ウイルスである。
【フランス】
急性単純ペルペスウイルス2型網膜壊死の臨床的特徴
Am J Ophthalmol. 2004 May;137(5):872-9.
Clinical characteristics of acute HSV-2 retinal necrosis.
Tran TH, Stanescu D, Caspers-Velu L, Rozenberg F, Liesnard C, Gaudric A, Lehoang P, Bodaghi B.
Department of Ophthalmology, Pitie-Salpetriere Hospital, 47-83 Boulevard de l'Hopital, 75013 Paris, France.
(要旨の要点)
2つのヨーロッパ・センターから紹介された HSV 2型 HSV-2 による acute retinal necrosis 症候群 11症例 12眼 について後向き調査を行った。
両眼罹患例では最初に症状を来たした患側発病の年齢: 平均 36才 (10-57才)
女性 5例, 男性 6例. 全例、免疫不全者ではない。
既往歴:
· 新生児ペルペス (n = 1)
· ARN の既往 (n = 3)
· 外傷 (n = 1)
· ARN発症前のコルチコステロイド薬全身投与 (n = 3)
色素沈着を伴う網脈絡膜瘢痕は 3症例にみられた。
治療内容:
アシクロビルまたはフォスカルネット (acyclovir or foscarnet) の静脈内大量投与
+/- (併用または併用しない) 硝子体内ガンシクロビル ganciclovir
+/- (併用または併用しない) インターフェロン interferon
観察期間: 平均 14.5か月 ( 5-22か月)
視力経過: 5 眼 (41.7%) で 2段階の改善あり。最終視力は、4 眼 (33.3%)で 約 0.3 (snellen 20/60)以上, 4 眼 (33.3%)で 0.05 (20/400)以上, 4 眼 (33.3%)で0.05未満.
結論: 新生児ヘルペスの既往、脳外科手術、眼部外傷、大量ステロイド使用などの誘因、網脈絡膜瘢痕所見から、HSV 2型網膜炎の発症は本ウイルスの再活性化を反映したものと考えられる。
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