Q-switched 532-nm Nd:YAG laser によるレーザー線維柱帯形成術は使用レーザーのパラメーター(条件)から、従来のアルゴンレーザー線維柱帯形成術 (argon laser trabeculoplasty ALT)のように線維柱帯の構造ないし無色素細胞に凝固障害を来たすことなく、選択的に線維柱帯の色素細胞を標的にできるので、 SLT (selective laser trabeculoplasty)とも呼ばれます。
このエントリーでは、仮に「選択的レーザー線維柱帯形成術」とさせていただきます。SLTの治療成功率は、治療方法だけでなく、医療機関によっても異なることを中心にお伝えします。日本の医療施設からの報告は、残念ながらランダム化試験ではありませんでしたが、参考のため全て (PubMed では 2施設だけヒット)の論文タイトルを掲載いたしました。
Latina MAらの下記論文 (1998年)が SLT 法開発初期の臨床成績のようです。眼圧コントロール不能の開放隅角緑内障 (以前にALTを施行された治療群と同治療歴のない群) 合計 53症例 53眼を対象とした臨床試験でした。
Ophthalmology. 1998 Nov;105(11):2082-8; discussion 2089-90.
Q-switched 532-nm Nd:YAG laser trabeculoplasty (selective laser trabeculoplasty): a multicenter, pilot, clinical study.
Latina MA, Sibayan SA, Shin DH, Noecker RJ, Marcellino G. Wellman Laboratories of Photomedicine, Massachusetts General Hospital, Harvard Medical School, Boston, USA.
[要約の目的・方法のみ引用]
開放隅角緑内障患者を対象とした予備的な非ランダム化、前向き臨床試験が多施設で行われました。レーザー装置 Coherent Selecta 7000 (Coherent, Inc, Palo Alto, CA) frequency-doubled q-switched Nd:YAG laser (532 nm) にて、隅角部線維柱帯の 180° の範囲に重ならないように約50個のレーザー照射が行われ、エネルギー量は1パルス当たり 0.6 から 1.2 mJでした。
PubMed にてキーワード検索「selective laser trabeculoplasty」を行うと、その後、総説を含めて40編余りの論文がヒットしました。ランダム化前向き臨床試験の中に、SLTの照射範囲とラタノプロスト点眼液との効果を比較した成績がありますので、要約の一部をお知らせします。
Br J Ophthalmol. 2005 Nov;89(11):1413-7.
A randomised, prospective study comparing selective laser trabeculoplasty with latanoprost for the control of intraocular pressure in ocular hypertension and open angle glaucoma.
Nagar M, Ogunyomade A, O'Brart DP, Howes F, Marshall J. Department of Ophthalmology, St Thomas's Hospital, Lambeth Palace Road, London SE1 7EH, UK.
目的: 高眼圧症 (ocular hypertension OHT)と開放隅角緑内障 (OAG)に対する selective laser trabeculoplasty 90°, 180°, 360°, 532 nm Nd:YAG laser)の眼圧コントロール効果を ラタノプロスト latanoprost 0.005%と比較する。治療後平均 10.3か月の追跡調査により、
CONCLUSIONS: Success rates were higher with latanoprost 0.005% at night than with 90 degrees and 180 degrees SLT treatments. 90 degrees SLT is generally not effective. 360 degrees SLT appears to be an effective treatment with approximately 60% of eyes achieving an IOP reduction of 30% or more.
SLT照射部が 90度または180度であれば、ラタノプロスト 0.005% (訳者注: 商品名 キサラタン点眼液など)夕方点眼の方が治療成功率は優れていた。SLT 90度は一般的に有効ではなかった。360度の照射であれば、約 60%の治療眼で 30%以上の眼圧下降が得られ、有効な治療です。
[他に、結果の一部を引用します]
Although success rates were better with 360 degrees than 180 degrees SLT treatments, differences did not reach statistical significance. ……… Differences in success rates between latanoprost and 360 degrees SLT did not reach statistical significance (p<0.5).
180度 SLTに比べて、360度 SLTの成功率は良かったが、統計的な有意差はなかった。・・・中略・・・ ラタノプロストと360度 SLTの成功率には統計的な有意差はなかった(p<0.5)。
しかし、三次医療機関 tertiary care referral center にて5名の医師によって行われた SLT治療 計 94症例 94眼 (90%は 180°SLT) の後向き研究では、180度 SLTの不成功率が高いと指摘されています。
J Glaucoma. 2005 Oct;14(5):400-8.
High failure rate associated with 180 degrees selective laser trabeculoplasty.
Song J, Lee PP, Epstein DL, Stinnett SS, Herndon LW Jr, Asrani SG, Allingham RR, Challa P.
Department of Ophthalmology, Duke University Medical Center, Durham, North Carolina NC 27710, USA.
[SLT失敗の定義と結果]
Selective laser trabeculoplasty failure was defined in two ways: (1) IOP decrease <3 mm Hg (definition one), or (2) IOP decrease <20% (definition two), on two successive visits > or =4 weeks after SLT. ………
RESULTS: Overall failure rates were 68% (64/94) and 75% (70/94) (by definitions one and two, respectively). By survival/life-table analysis, mean time to failure was 6 months and 5.5 months, by definitions one and two, respectively. By the end of the study (14.5 months), the failure rates were 86% and 92% by definitions one and two, respectively.
SLT不成功は治療後、4週以降の連続2回の診察時に (1)眼圧降下 3mmHg未満 (定義 1)または (2)眼圧下降率 20%未満 (定義 2) と定義した。………全体の不成功率は、定義 1で 68% (64/94)、定義 2で 75% (70/94)でした。生存/生命表分析では、失敗にいたるまでの平均期間は 6か月、5.5か月(それぞれ、定義1, 定義2)でした。調査終了時 (14.5 か月)までには、不成功率は、定義 1で 86% 、定義 2で 92% となりました。
【日本の医療施設報告】
selective laser trabeculoplasty の臨床成績
Nippon Ganka Gakkai Zasshi. 1999 Aug;103(8):612-6.
Clinical results of selective laser trabeculoplasty Kano K, Kuwayama Y, Mizoue S, Ito N.
Department of Ophthalmology, Osaka Koseinenkin Hospital, Japan.
[要約の一部を抄訳しました]
対象・方法: 眼圧コントロールできない開放隅角緑内障 67症例 67眼に対して、レーザー装置 Coherent Selecta 7000 (Coherent Inc., Palo Alto, CA) にて Selective laser trabeculoplasty (SLT) を施行した。67症例中 19例は以前にアルゴンレーザー線維柱帯形成術 (argon laser trabeculoplasty ALT)を受けていた。線維柱帯 180°に重ならないように合計約 60個のレーザーを照射した。1パルス当たりのエネルギーは 0.5から 1.0mJであった。気泡形成が起こらない最大エネルギーレベルを選択した。
結果: 術前の平均眼圧は 22.4 mmHgであった。治療 6ヶ月後、平均 4.4 mmHgの眼圧降下が得られ、outflow pressure (OP) 下降率は平均 38.1%であった。治療 1か月後、68.7%の症例の OP下降率は少なくとも 20% ("responders")であった。5mmHg以上の一過性眼圧上昇は、25.4%の症例にみられた。治療 6ヶ月後の成功率は、全症例 (67眼)では 64.6%、responders (46眼)では、78.2%であった。Cox 比例ハザードモデルを用いた解析によると、術前眼圧が低いことが手術成功の有意な決定要因であり、5mmHg の眼圧上昇の危険率は 2.12であった。年齢、性別、ALTの既往歴、隅角の色素などの他の因子は手術成功との有意な関連性はなかった。
結論: SLTは安全で有効な眼圧降下法の1つであると思われる。
selective laser trabeculoplasty の臨床成績
Nippon Ganka Gakkai Zasshi. 2000 Mar;104(3):160-4.
Clinical results of selective laser trabeculoplasty
Kajiya S, Hayakawa K, Sawaguchi S.
Department of Ophthalmology, University of Ryukyu Faculty of Medicine, Okinawa, Japan.
[要約の一部を抄訳しました]
原発性開放隅角緑内障 10症例 17眼と水晶体嚢性緑内障 1症例 1眼を対象とした。
方法: 10か月までの追跡調査を行った。平均エネルギー 28.14mJ (0.47 mJ x 59個)で、前房隅角半周の線維柱帯色素部に照射した。
結果: 術前平均眼圧は 22.8 mmHg で、術後平均眼圧は、8.6, 17.3, 16.1 mmHgと有意に低下した (それぞれ、治療 1, 3, 6 か月後)。最大眼圧降下量は平均 8.8 (3-18)mmHgであった。一過性眼圧上昇を来たした 11眼中、6眼は 6 mmHg以上の上昇であった (訳者注: Jpn J Ophthalmol. の同著者論文要約では 7mmHg以上と記載されています)。注目すべき術後合併症はなかった。
結論: SLTは原発開放隅角緑内障や水晶体嚢性緑内障などの開放隅角緑内障に対して安全で効果的な治療法の1つである。
Jpn J Ophthalmol. 2000 Sep 1;44(5):574-575.
Clinical Results of Selective Laser Trabeculoplasty.
Kajiya S, Hayakawa K, Sawaguchi S.
Department of Ophthalmology, University of Ryukyu Faculty of Medicine, Ryukyu, Japan
[上記論文とは、雑誌名が異なるだけです。論文内容の変更点の有無不詳]
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