緑内障治療薬の点眼中に見られる眼圧ドリフトの一因と「チモロール ホリデー」
同一薬剤を使用し続けると、効果が減弱することがあり、「耐薬性」とよばれています。一般的には、長期間の投薬による効果減弱を「耐性」、短時間内で効果が低下するときは「タキフィラキシー tachyphylaxis」といいます。また、使用しない薬剤であっても、「耐薬性」を来たした薬物と作用機序などが類似した薬物の効果も減弱することを「交差耐性」といいます ( あーりーず すぺーす さんのページ から引用) 。
眼科治療薬の中で、緑内障治療薬の一部、特に「交感神経ベータ遮断薬 (ベータ ブロッカー, β ブロッカー) 」については タキフィラキシー tachyphylaxis が知られています。タキフィラキシーが生ずると、眼圧がドリフトするため、英語論文では"IOP drift", "long term drift" ともよばれます (下記2論文の主題であるlong-term drift は「長期眼圧ドリフト」と訳しました )。
タキフィラキシーによる眼圧変化に用いられる「ドリフト」の日本語訳として、変動というより「定向変化」が最もマッチするかもしれません。参照: @nifty翻訳
long term drift の特徴
· 月、年単位の治療後に眼圧がゆっくり着実に上昇する。
· 治療が無効となる
因みに、"short term escape" という現象もベータ遮断薬では起こることがあります。
short term escape の特徴
· 治療を開始すると、数日から数週間は眼圧降下するが、その後に眼圧の上昇を来たす。さらに、2週から4週間経過すると、眼圧が安定し、しばしば、治療前の眼圧値に比べて低い状態で安定する。
( 2つの用語解説は http://www.nova.edu/~jsowka/glaucmeds.html から引用 )
チモロール点眼液の休薬後に、本剤を再投与すると、再び眼圧下降効果が回復することもよく知られています。ベータ遮断点眼薬の開発史上、timolol (チモロール, 商品名 チモプトールなど) での臨床研究が多く、本現象は"チモロール ホリデー timolol holiday" とよばれています。
しかし、タキフィラキシー、チモロール ホリデーなどは、必ず発現する現象ではなく、またその期間についても不定のようです。また、チモロールの同効薬での発現頻度や交差耐性の問題は、すべて調査できませんので、主治医、薬剤師、製造・販売薬品メーカーにお尋ね下さい。
· 原発開放隅角緑内障における長期(眼圧)ドリフト後のチモロール感受性回復について
Invest Ophthalmol Vis Sci. 1990 Feb;31(2):354-8.
http://www.iovs.org/cgi/content/abstract/31/2/354
Restoring sensitivity to timolol after long-term drift in primary open-angle glaucoma
SA Gandolfi
Istituto di Oftalmologia, Universita di Parma, Italy.
«要約の邦訳»
6ヶ月間の前向き無作為シングル盲検化臨床試験 (prospective randomized single-masked study (訳者注: 注1 )を実施した。対象症例は、チモロール0.5% 点眼液(訳者注: 国内での商品名 チモプトールなど) 使用中に長期眼圧ドリフトを生じた原発開放隅角緑内障症例 39眼であり、30日ないし60日間の休薬 "timolol holiday チモロール ホリデー"を行った。対象症例39眼中 23眼については、チモロール点眼液の休薬"ホリデー"中に、ジピベフリン0.1% 点眼液 (訳者注: 注2) 一日2回を点眼した。チモロール治療を再開したとき、ジピベフリン非投与群では 軽度の眼圧下降(3.9 +/- 1.2)が短期間 (60日以内) 見られたが、ジピベフリン治療群では、より顕著な眼圧下降 (8.2 +/- 1.5)が得られた。
ジピベフリン治療群では、チモロールを60日間休薬した症例の方がチモロールの効果は優れていた: 経過観察中、眼圧は 23mmHg未満を維持した。
· 長期間の眼圧ドリフトとチモロール治療: パルス治療の役割
Int Ophthalmol. 1992 Sep;16(4-5):321-4.
Long-term drift and timolol therapy: possible role for pulsed therapy.
Batterbury M, Harding SP, Wong D.
St. Paul's Eye Hospital, Liverpool, UK.
«要約の邦訳»
交感神経ベータ遮断薬の点眼治療を行うと、眼圧コントロール不能に至る「長期眼圧ドリフト」現象を来たすかもしれない。ベータ遮断薬の点眼を中止すると、ベータ遮断薬に対する感受性が復活したり、この休薬中に交感神経拮抗薬を投与すると、ベータ遮断薬の効果が増強する可能性が示唆されていた。
この仮説を検証するため、チモロール治療中の高眼圧患者9症例を対象として臨床試験を行った。チモロール中止、4週間のジピベフリン治療(訳者注: 注2)、チモロール再投与。さらに4週後に同じ治療サイクルを行った。眼圧を2週毎に測定した。チモロール再投与2週後の眼圧は有意に低下した(第1回目 3.2 mmHg, 第2回目 3.4 mmHg, 共に p < 0.01)。チモロール中止とジピベフリン治療とは、眼圧に関して有意な関連性はなかった。
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訳者注: 注1
single-masked study の正式な日本語訳はない。臨床試験の方法の1つ。検者(検査、診察、調査を行う者)は、被検者 (対象症例、登録・参加患者)が受けている治療や調査内容を知っているが、被検者には知らされていない。
訳者注: 注2
塩酸ジピベフリン点眼液は眼内に浸透後、化学構造がエピネフリンに変化し、本来の薬理効果である交感神経刺激作用を発揮する。眼圧下降作用は主に房水流出促進効果によるものである。交感神経β 遮断薬とは拮抗的に作用する。商品名 ピバレフリン点眼液、ジピベフリン点眼液T
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