頚部捻挫 (頚椎捻挫, 俗称 "むちうち症"、"ムチウチ症") による眼症状として、Burke JPらは下記論文において、25.6% (10/39症例)の症例が眼症状を自覚し、かつ、眼所見を有していたと報告した。
【要約、考案の一部抜粋】
受傷後9ヶ月以内 (2例を除いて) に、眼症状は完全に消失している。頚部捻挫では、眼症状が起こっても3ヶ月以内に症状が消失することが多かったので (また、実際には眼科未受診で自然治癒する軽症のケースも多いので)、眼球運動異常は一般的には軽症で経過も良いことが多いと考えられるが、眼症状が持続するようであれば、眼科診察・適切な眼科治療も必要である。
■ むちうち症 (Whiplash)による視覚系への影響
Graefes Arch Clin Exp Ophthalmol. 1992;230(4):335-9.
Whiplash and its effect on the visual system.
Burke JP, Orton HP, West J, Strachan IM, Hockey MS, Ferguson DG.
Department of Ophthalmology, Royal Hallamshire Hospital, Sheffield, United Kingdom.
訳者注: 論文中には、視差を 度 °で表示したところが数箇所あった。ミスプリントと考え、立体視機能の単位をすべて 秒(視差)と記述した。
対象症例と調査方法:
Royal Hallamshire 病院の事故救急部(A & E)にて受診した交通事故による頚椎の軟部組織損傷「むちうち症」患者のうち、縦断的調査に合意した症例(調査期間: 4ヶ月以上)。直接的な頭部外傷患者は除外した。
受傷後一週以内に初回眼科検査を行い、6週以内に第2回目の診察を行った。
結果:
39症例 (男性 17, 女性 22)、受傷時年齢 17-65 (平均 29.9) 才であった。
22症例 ⇒ 外傷に関連した眼症状や眼所見はなかった。
4例: 初回眼科検査で正常であり、第2回の検査受診なし。
14例: 平均3ヶ月の期間中、眼症状・所見なし。
4例: 受傷後には新たな症状はなかったが、受傷前から軽度の外斜視 (case19, 20, 21)、交代性外斜視(case 22)をみとめた。
4例 ⇒ 調査期間中、眼症状の自覚はなかったが、検査上異常があり、経過観察中に異常所見は消失した。
case23: 立体視機能の減退、5ヶ月後に改善。120 => 30秒(視差 TNO検査)
case24: 眼球運動は、"歯車状"滑動性運動(cogwheel pursuit)を呈していたが、第2回目の検査で消失した。
case25: 頭位異常を伴う左上斜筋の軽度運動障害は持続性であった。水平衝動性運動・滑動性運動の障害(hypometric horizontal saccade, cogwheel pursuit)は6週までに正常化し、輻輳・調節幅・基底耳側プリズム融像幅(base-out prism fusion range)の減退については常に無症状であったが、5ヶ月後には未治療で正常化した。
case26: 水平衝動性運動・滑動性運動の障害(hypometric horizontal saccade, cogwheel pursuit)および 立体視機能の減退があったが、立体視機能は3ヶ月後までに 240 => 60秒(視差 TNO検査)に自然治癒した。
3例 ⇒ 無症状であったが、調査中は異常所見が持続した。
case27: 立体視機能の減退 240秒(視差)、正常プリズム融像幅は8ヶ月後も継続。
case28: 9ヶ月の時点でも調節・輻輳の幅は悪かった。強度近視。
case29: 22才学生。基底耳側プリズム融像幅、立体視機能は正常であったが、調節幅は減退し、対光反応は遅滞し、外傷後片頭痛が持続した。
10症例 ⇒ 外傷後に目の症状と所見を伴った。全例、受傷1週以内では明らかな頚椎運動制限があったが、神経学的異常所見は伴わない(グループ 2)。
3例: 受傷後8週以内に完全治癒した (case30, 31, 32)
case30: 受傷後1時間以内に右眼上斜筋麻痺による垂直性複視を来たした。10日後には複視は自然消失し、Leesスクリーンチャート検査は正常化した。
case31: 受傷後24時間以内に、かすみと遠見障害を来たした。左上斜筋の運動障害があり、立体視機能は 60-240秒(視差)に低下し(4週後には 30秒に改善)、調節不全も見られた。受傷後4週には症状・所見は消失した。
case32: 受傷10日後に輻輳・調節不全を呈したが、輻輳訓練も行い8週以内に治癒した。
7症例: 8週以上、視覚症状が続いた。
2例: 症状は改善したが、受傷後12ヶ月においても治癒していない (case33, 34)。
case35: 核上性眼球運動障害と輻輳・調節障害が持続していたが、経過観察途中で調査できなくなった。
4例(case 36-39): 症状は3ヶ月-9ヶ月以内に消失した。
全例(1症例 case33 を除いて)、眼球運動系の異常による眼症状であった。この1例は、受傷後1時間以内に両眼の飛蚊症に気づいた。12ヶ月後も自覚している。超音波検査では、両眼の硝子体剥離と診断された。
考案:
25.6% (10/39症例中)に眼症状を自覚し、かつ、眼所見を有した。10症例は全例、受傷1週以内では明らかな頚椎運動制限があったが、神経学的異常所見を伴わない群(グループ 2)であった。2症例 5.1%(case33: 両眼の硝子体剥離, case34:輻輳・調節・融像幅の減退)は、12ヶ月後も症状が持続している。
Duke-Elder (訳者注: 世界中でバイブル的な眼科医学全書の著者) により報告され、むちうち症で最も多い眼所見とされていたホルネル症候群 (頸部交感神経節障害) は、自験例39症例中には見られず、また、過去の後向き調査論文3編においても1例だけ報告されているに過ぎない。むちうち症とホルネル症候群との関連が強調されすぎていた可能性を示唆している。
【輻輳・調節障害】
今回の縦断的調査と過去の後向き調査から、主な症状は、輻輳障害と調節力の障害であった。輻輳・調節力障害の原因は今だ充分に解明されていないが、脳幹部レベルの異常ではないかといわれている (下記の動物実験や症例報告などから)。
霊長類による実験的「むちうち症」の病理結果:
(Wickstrom,他 1970年)
損傷部位: 脳・脳幹部 32%; 脊髄 5%; 神経根 0.7%; 靭帯 11% 他部位(後咽頭部出血・眼球後方の出血, 筋肉, 椎間板) 2%
多くの症例では、輻輳障害と調節障害は同時に発生するが、ときに片方だけのことがある。両症状の併発は自験例39症例中7例で起こり、5例では9ヶ月後には消失し、1例は途中で調査できなくなり、1例は12ヶ月も症状が残ったが改善傾向があり、近用眼鏡 (両側度数+1.0D) を装用している。改善した経過の判明している5症例については、3例では自然に症状消失し、2例は輻輳訓練を行った。これらの症状を有する症例に対しては、発症時から回復に関して楽観的な予後予想してもよいと考える。
他の症状・所見
【脳神経麻痺による外眼筋運動異常】
過去の報告例: 一過性外転神経麻痺、上直筋麻痺(6ヶ月以上持続)、上斜筋麻痺(3ヶ月以内に消失)
自験例: 2症例(case30, 31) 受傷週時間以内に自覚した上斜筋不全麻痺。10日後、1ヶ月後に消失している。神経軸策断裂・伸展、第4脳、動眼神経、外転神経の神経核内の小出血や栄養血管の障害などが原因として考えられている。
【衝動性運動、滑動性運動、立体視機能の障害】
自験例4例 (case24-26, 35)で、無症状の核上性眼球運動障害が観察され、3例はすぐに消失した。一過性の脳幹部障害、頚部-脳にかけての自己受容感覚システム( proprioceptive system)の機能異常と考えられている。
立体視機能の単独障害 (case23)については、5ヶ月後には改善したが、原因は不明である。
【眼球の異常】
過去の報告例: 黄斑部での硝子体分離、中心窩の変化
自験例: 両眼の硝子体剥離
(・・考案の邦訳一部省略・・)
むちうち症では、眼症状が起こっても3ヶ月以内に症状が消失することが多かったので (眼科未受診で自然治癒する軽症のケースも多いので)、眼球運動異常は一般的には軽症で経過も良いことが多いと考えられるが、眼症状が持続するようであれば、眼科診察・適切な眼科治療も必要である。
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