(はじめに) 乳児を対象とした屈折検査によると、1歳までの時期では、遠視眼 80%以上、近視眼は僅か 4%との報告があります。左右眼で遠視(ないし近視)の度数にはほとんど差がないことも特徴の1つです。その後、年齢とともに遠視眼の頻度は低下します。
Atkinson,他 (1996年) は、生後6ヶ月-8ヶ月の乳児の約 6%は +3.5D以上の遠視眼であったと報告しています (D:ジオプター Diopter, ジオプトリー Dioptre、レンズの屈折度を表す光学的な単位, 凸レンズは正+符号)。 さらに、 3.5D以上の遠視眼の乳児では、正視ないし低屈折度の遠視眼に比べて、斜視の発症頻度は4歳までに13倍以上であること、弱視の発症頻度は6倍多いこと、8歳以下の子供の視力障害の主因であることなどを発表しました。また、同一著者らの別論文 (2000年, ランダム化臨床試験) では、3.5D以上の遠視眼の治療後、斜視および弱視の発生リスクは有意に減少しています。
【遠視度数はすべてシクロペントラート、アトロピンなどの調節麻痺薬点眼時のデータです】
乳幼児期の遠視眼に伴う弱視、斜視については、国内では一般的に以下のように言われています。
(1) 左右眼で遠視度数に明らかな差があると、遠視の強い方が弱視となるリスクが高くなります。左右差 2D以上のときです。眼鏡を装用し、弱視があれば治療 (弱視訓練など) を行います。
(2) 遠視度数が +2D以上であれば、調節性内斜視を合併することがあります。内斜視があれば、眼鏡を装用し、治療 (斜視、弱視治療など) を行います。
(3) 強度遠視 +8D以上であれば、斜視とはならず、弱視になります。直ちに眼鏡を装用し、治療を行います。
■以下は、斜視や弱視などの眼症状のない両眼性遠視の小児に対する眼鏡等処方の基準です。
アンケートによって確認されたもので、多くの科学的な根拠に基づくものではありません。
米国小児眼科学斜視学会 (注1,学会名最下段) 会員に対する調査 (1998年)によると、斜視を伴わない2歳未満の乳児に対して、屈折矯正(眼鏡等処方)の基準は 5D (の近く)でした。2歳から7歳までの年齢については、斜視がなければ処方時の下限は 4Dでした。乱視度数については、2歳未満では円柱レンズ 2.5Dを基準として、年齢とともに低い度数となっていました。
日本では、5歳以上であれば 遠視度数 +2Dを眼鏡矯正の基準値として考える専門家が多いようです。
Lyonsらがアンケート集計した米国における最近(最新)の処方基準です。
Optom Vis Sci. 2004 Apr;81(4):233-7.
A survey of clinical prescribing philosophies for hyperopia.
Lyons SA, Jones LA, Walline JJ, Bartolone AG, Carlson NB, Kattouf V, Harris M, Moore B, Mutti DO, Twelker JD.
The New England College of Optometry, Boston, Massachusetts, USA.
(訳者注)
オプトメトリスト:検眼士(または、視力測定士)。日本ではまだ公的には認められていない資格です。
処方哲学 prescribing philosophies:眼鏡処方の基準の意味。
屈折異常:近視、遠視 hyperopia、乱視のことです。因みに、老眼 (老視) は調節異常の1つです。
背景:目の症状がない子供の遠視性屈折異常に対する処方哲学は、かなり幅広い。その理由は、子供の遠視性屈折異常の自然経過に関する情報が少なく、また、遠視性屈折異常と密接に関連する調節力や両眼視機能に個人差が大きいためである。処方哲学を評価するために、小児専門のオプトメトリストや眼科医の調査を行った。
方法:対象開業者はいくつかの学会登録者 (注1) から選択し、314名 (オプトメトリスト212名、眼科医102名) に調査書を郵送した。
結果:
オプトメトリスト161名 (75%)、眼科医59名 (57%) から回答があった (カッコ内は回答率)。
【遠視度数】
斜視などの症状のない両眼性遠視を有する生後6ヶ月の乳児では、両者ともに 5D超の遠視度数のとき眼鏡を処方することが多い( 眼科医 96.4%, オプトメトリスト 67.1%) 。眼科医では 5D以下のとき3.6% と少ないが、7D超でなければ処方しないドクターは 33.9% と多い。一方、オプトメトリストの3人中1人(35.9%)は、5D以下あっても処方する。
同症状の2歳児であれば、眼科医は 3D超のとき処方する。5D超のとき、眼科医の4人中3人(75%)が処方する。オプトメトリストは 5D以下であっても71.6%が処方する。
斜視、弱視などの症状のない4歳児であれば、眼科医は2歳児同様に 3D超のとき処方する。5D以下 42%, 5D超 58%であり、処方基準は、年齢とともに低下している。オプトメトリストは、3D超のとき 77.9%で処方している。
【処方時の完全矯正、低矯正について】
6ヶ月児に対する処方に関して、眼科医の多くは (71.4%) 乱視については完全矯正し、調節麻酔点眼薬使用時の遠視度数は、完全矯正より少なくする。オプトメトリストの多くは (71.6%)、乱視、遠視度数ともに完全矯正より少なくする。乱視度数を少なく処方したとき、両者ともに調節麻酔点眼薬使用時の遠視度数の調整は一定ではない。
【不同視を伴っているケースの矯正について】
両者ともに6ヶ月児、2歳児、4歳児すべての年齢で遠視度数が 1D超であれば、処方する。特に、眼科医の場合、6ヶ月児であれば、遠視度数が 3D以下であっても 47.3%の眼科医が処方する (オプトメトリストでは、同群に対して 28.5% P=0.0456)。
訳者注:1D とはアンケート調査表の最弱度の度数です。片眼正視 0D、片眼近視であれば処方しないということではありません。
結論:小児のアイケアを提供する者(オプトメトリスト、眼科医)には小児の遠視眼に対する処方哲学のコンセンサスがない。
(注1) 学会名
○ American Academy of Optometry Binocular Vision, Perception, and Pediatric Optometry Section
○ College of Vision Development
○ pediatric and binocular vision faculty members of the colleges of optometry
○ American Association for Pediatric Ophthalmology and Strabismus
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