角膜表面のムチン層が障害されると緑膿菌性角膜炎などが起こりやすくなります。特に、連続装用タイプのコンタクトレンズは感染症に対する注意が必要です。
一般的に病原菌が角膜上皮に付着して角膜感染症を発症させるためには、細菌は最初に角膜などの「眼球表面に存在する物質」に接触しなければなりません。
その物質の1つがムチンです。主に結膜 (Goblet細胞) 、涙腺、角膜の上皮細胞によって産生されるムチン ("上皮性親水性糖蛋白" Mucin) は、眼表面のバリアーとして機能するとともに、眼表面の異物 (細菌を含む) や老廃物などを囲いこみ、涙液と一緒に鼻涙管、鼻腔へ排出します。上皮細胞からのムチン分泌は自律神経や液性因子によって制御されています。コンタクトレンズ装用、ドライアイ、点眼液の副作用などによって、ムチン層が破綻しやすくなります。
「眼表面のムチン層」に障害があると感染しやすくなる細菌として、以前から「緑膿菌」がよく知られています (文献 1)。
緑膿菌 (Pseudomonas aeruginosa) は、土壌,水中(家庭などの水まわりを含む)に広く分布し、ヒトや動物の皮膚,上気道,糞便などにも常在しています。本来、ヒトへの病原性は弱く、健康体が感染することはほとんどありません。しかし、局所の抵抗力が低下したり、全身免疫能の低下した状態になると、感染が成立します。緑膿菌は一般的な抗菌薬や消毒液には自然耐性を有していたり、多薬剤に耐性を獲得する細菌学的な特徴があり、重篤な感染症に進展するケースがあります。
眼局所の防御・抵抗因子である内因性ムチンを眼表面から除去すると、角膜上皮細胞に付着する緑膿菌の菌数は3倍から10倍増えることがラットや家兎の実験で証明されています (文献 1)。また、他の動物種などのムチンで覆うと、菌の接着率が低下することも知られています。このムチンによる緑膿菌付着阻止効果は、35µg/mlの低濃度からみられるとのことです。
因みに、ムチンによる予防効果は、黄色ぶどう球菌(注:眼科領域では、麦粒腫の主因)、化膿レンサ球菌 (注:溶血性連鎖球菌の代表的菌種で、リウマチ熱, 糸球体腎炎, 猩紅熱などの原因となる)では発現しません。
緑膿菌性眼感染症は、コンタクトレンズが高性能となっても起こりうる合併症として、医師もユーザーも常に注意が必要です。
下記2論文は連続装用レンズによる最近の事例です。
連続装用シリコンハイドロゲルソフトレンズに関連した緑膿菌性角膜炎
Eye Contact Lens. 2003 Oct;29(4):255-7.
Pseudomonas keratitis associated with continuous wear silicone-hydrogel soft contact lens: a case report.
Lee KY, Lim L.
Corneal Service, Singapore National Eye Centre, Singapore.
方法:健康な23才白人女性。シリコンハイドロゲルソフトレンズ (商品名 lotrafilcon A) の26日間連続装用後に診察を受け診断された (左眼)。レンズを装用しながら、マリンスポーツを行った (water jet skiing and diving)。角膜潰瘍部の擦過物から緑膿菌が検出された。セファゾリンとゲンタミシンの集中点眼療法を1週間施行し、シプロフロキサン点眼液に変更し2週間投与した。
結果:細菌性角膜炎は、薬物治療が奏効し治癒した。しかし、角膜実質の瘢痕により後遺症として視力障害が残った。
結論:最近発売された高酸素透過性 (Dk値)、連続装用タイプのシリコンハイドロゲル素材のソフトコンタクトは、低酸素に関連する合併症が克服され、角膜上皮への緑膿菌の接着も少ないとされている。今回の経験例は、そのレンズでさえ視覚障害を来たす細菌性角膜炎が発生することを示した。コンタクトレンズを処方・販売する開業者は、細菌性角膜炎による視力障害のリスク、コンプライアンス(注:正しい使用法などの遵守)の必要性について患者教育を行い、コンタクトレンズによる眼症状に迅速に対応しなければならない。
(注) は原論文には記述されていない、訳者の注釈です。
夜間装用オルソケラトロジーに関連した緑膿菌性角膜潰瘍
(台湾、台北の病院からのレビュー報告)
Chang Gung Med J. 2004 Mar;27(3):182-7.
Pseudomonas aeruginosa corneal ulcer related to overnight orthokeratology.
Hsiao CH, Yeh LK, Chao AN, Chen YF, Lin KK.
Department of Ophthalmology, Chang Gung Memorial Hospital, Taipei, Taiwan, ROC.
方法・対象:2001年1月から2002年12月までの期間に発症したオーバーナイトオルソケラトロジー後の緑膿菌性角膜炎6症例(レビュー)。
結果:平均患者年齢は 13才、治療開始から発症までの平均期間 17ヶ月。
全症例で目の充血と眼痛を自覚した。病巣部は角膜中央部3例、傍中心部3例。角膜浸潤のサイズは小病変1例、中等度5例。病巣擦過にて、全例で緑膿菌が検出された。抗菌点眼薬に全症例が反応した。2例の最終視力は、感染前の視力の2段階以内であったが、4例は角膜中央の瘢痕や不正乱視により、最高視力は低下した。結論:夜間装用オルソケラトロジーではコンタクトレンズが緑膿菌性角膜炎の原因となり、明らかな視力低下を来たすことがある。
文献 (1)
http://www.pubmedcentral.nih.gov/articlerender.fcgi?tool=pubmed&pubmedid=8168942
Infect Immun. 1994 May;62(5):1799-804.
Modulation of Pseudomonas aeruginosa adherence to the corneal surface by mucus.
Fleiszig SM, Zaidi TS, Ramphal R, Pier GB.
Channing Laboratory Department of Medicine, Brigham and Women's Hospital, Boston, Massachusetts 02115.
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